「あのときの父」と同じ年齢になって
20代の頃、父のことがまるで理解できませんでした。仕事の愚痴を言わない。家では無口。休日はほとんど寝ている。なぜもっと家族と話さないのだろうと、正直、物足りなく思っていました。
その父が当時いくつだったかを数えてみて、少し驚きました。ちょうど今の自分と同じくらいの年齢だったのです。
50代になり、責任のある仕事を抱え、体力が落ち、家に帰れば何もしたくない日がある。あのときの父の無口さは、冷たさではなく単純に疲れていたのだと、今なら想像がつきます。
社会人経験は、親を理解するための材料になる
Xでも「社会に出てはじめて親の気持ちがわかった」という声をよく見かけます。これは感傷ではなく、けっこう筋の通った話だと思います。
子どもの立場でいる間、私たちは親を「親」という役割としてしか見ていません。ところが自分が働き、家庭を持ち、板挟みになり、思うようにいかない時期を経験すると、親を一人の働く人間として見る材料が手に入ります。
同じ記憶でも、材料が増えると解釈が変わります。「話を聞いてくれなかった」が「話す余力がなかった」に変わる。「厳しかった」が「不安だったのかもしれない」に変わる。これは記憶の書き換えではなく、見え方の更新です。
それでも、無理に和解しなくていい
ここで一つ、はっきり書いておきたいことがあります。
理解することと、許すことは別です。中には、思い出すのがつらい関係の方もいるでしょう。「親も大変だったのだから水に流そう」という圧力は、時として当事者を追い詰めます。距離を取ることが最善の選択である関係も、確かに存在します。
理解が進んだからといって、会いに行かなければならないわけではありません。「あれは親の事情だった」と一人で腑に落とすだけでも、十分に意味があります。荷物を下ろすのは、相手と会わなくてもできることです。
会える関係なら、時間は思ったより残っていない
一方で、まだ会える関係にある方には、少しだけ現実的な話を。
40〜69歳で70歳以上の親がいる人を対象にしたある生活調査では、別居している親子のうち12%が「昨年1回も親に会いに行かなかった」と回答しています。理由はさまざまでしょうが、「そのうち」と思っているうちに一年が過ぎるのは、誰にでも起こることです。
親が80代なら、年に2回会うとして、残りの回数は数えられてしまいます。この数え方は少し残酷ですが、優先順位を決めるには役に立ちます。
長い話をする必要はありません。理解が進んだからといって、改まって謝ったり感謝を伝えたりしなくてもいいのです。ただ電話を一本かける。それだけで十分に関係は続いていきます。
まとめ
50代は、親を人として見られるようになる年代です。理解が進むと、過去のとげが少し抜けます。会いに行くかどうかは、そのあとで決めればいいことです。無理に和解しなくていい。ただ、荷物は下ろしていい。そう思っています。
※本記事は個人の体験と一般的な情報に基づくものです。家族関係の悩みが深い場合は、専門の相談機関にご相談ください。


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