ポジションを持っていないのに、チャートを開いてしまう。それは意志が弱いからではありませんでした。
自分がたどり着いた対処は、見る量を減らすことではなく、相場と接する時間を先に決めて、残りを生活に返すことです。今日は、ノーポジなのにチャートから離れられなかった自分の話です。
ノーポジなのに、開いている

8月の初めに、こんな記録を残しています。損切りをして、椅子から立ち上がります。台所に行って水を飲んで、今日はもう終わりにしようと決めます。それなのに、5分後には同じ椅子に座ってチャートを開いています。
ポジションはありません。次のエントリーの根拠を探していたわけでもありません。ただ、開いていました。
午後もそうです。配達から帰って椅子に座り、欧州時間に向かうチャートを眺めながらナッツをボリボリやっている。これが自分の午後3時から5時の定番でした。建てる予定のない日でも、です。
1日に何回開いていたか、スクリーンタイムのような正確な記録は取れていません。ただ、体感でいえば、ノーポジの日でも10回程度は開いていたと思います。あくまで推定です。それでも、10回開いて10回とも何も建てていないのなら、その10回は分析ではなかったということになります。
ちなみに、「もう一回だけ」とエントリーの回数が止まらなくなる話は、以前に別の記事で書きました。今日はその手前の話です。手を出してすらいない時間に、チャートを見続けてしまう話です。
見ている時間には、3種類ありました
自分がチャートを見ている時間を分解すると、3つに分かれました。分析している時間。ポジションを見張っている時間。そして、何もしていないのに落ち着かなくて見ている時間です。
1つ目と2つ目は説明がつきます。問題は3つ目です。しかも自分は、3つ目を1つ目のつもりでやっていました。「環境認識をしている」と言いながら、実際には同じ4時間足を1日に何度も眺め直しているだけの日があります。4時間足は、4時間に1本しか増えません。
いま思うのは、あの時間は情報を集めていたのではなく、待機している自分を落ち着かせるための時間だった、ということです。相場が動いているのに、自分だけ何もしていない。その感覚が落ち着かない。見ていれば、参加している気になれる。それだけのために、画面を開いていました。
意志が弱いのではなく、そういう作りになっています
イギリスの金融規制当局が、9,000人以上を対象にしたオンライン実験を公表しています。取引アプリのプッシュ通知、点滅する価格表示、利用者同士のランキング、ポイントや抽選。こうしたデジタルな仕掛けが利用者の行動をどう変えるかを調べたものです。結果は、これらの仕掛けが取引の頻度を目に見えて増やし、リスクの高い商品への取引も増やす、というものでした。影響は、金融の知識が少ない層ほど大きかったそうです。
つまり、スマホが1日に何度もこちらを呼ぶのは、意志が弱いからではなく、そう作られているからです。少なくとも、意志だけの問題として片づけるのは実態に合いません。
数字も置いておきます。厚生労働省の令和5年度の調査では、ギャンブルの問題を測る指標で一定以上に該当した人は、全体の1.7%でした。一方、海外の研究のまとめでは、金融取引をしている人たちの中ではこの割合が一般より高い、という報告が複数あります。調査の対象も方法も違うので単純比較はできませんが、取引という行為そのものに人を画面へ引き寄せる性質があることは、体感ではなくデータの側に出ています。
もうひとつ。台湾市場の全取引記録を調べた研究では、デイトレードの出来高の7割超が、損失の履歴を持つ人たちによるものだったと報告されています。負けたから熱くなって見る、という話だけではなく、離れられなさは成績とは別の軸で起きている。自分はそう読みました。
念のために書いておくと、この記事は誰かを依存症だと診断するものではありませんし、自分にその資格もありません。「離れられない」という感覚を、意志の弱さの問題から、構造の問題へ置き直したいだけです。
見る回数は、成績にも効いています
値動きを確認する頻度が上がるほど、短期の下振れに過剰に反応して、リスクを取れなくなっていく。行動経済学で近視眼的損失回避と呼ばれる現象で、実験室だけでなく実際の投資環境に近い検証でも確認が続いています。
これは自分の実感とつながっています。頻繁に見ている日ほど、含み益の小さな揺り戻しに耐えられず、自分で置いた目標のずっと手前で降りている。利益を早く確定してしまう話は先週の記事に数字つきで書きましたが、その原因の一端は、手法ではなく見る回数の側にありました。
だとすると、「チャートを見ない」は精神論ではなく、利を伸ばすための技術です。ここが自分にはいちばん大きな発見でした。
通知を切っても、すぐには減りませんでした
ここは正直に書きます。
スマホの通知を1週間切る、という実験を205人で行った研究があります。結果は、確認する回数やスクリーンタイムそのものは変わらなかった、というものでした。変わったのは「習慣で確認してしまっている感覚」のほうで、自分の意思で使えている感覚は戻った。習慣化した確認行動を変えるには、1週間ではなく6週間程度かかるという指摘もあります。
だから「通知を切ったら劇的に変わりました」とは書けません。すぐには減らない。でも、見させられている感じは薄くなる。この落差は、自分の体感とも合っています。
時間で区切るルールも試しました。「17時以降はMT5を閉じる」という1行は7月には効いたように見えて、8月のデータで否定され、撤廃しています。その顛末は先週の記事に書いたとおりです。時間で縛るだけでは、自分の場合はだめでした。
「見張る」を「呼ばれたら行く」に変えました
いま自分がやっているのは、朝のうちに環境認識を済ませて、ここまで来たら考える、という価格を決めて、MT5に価格アラートを入れておく運用です。価格がそこへ届いたら、ポップアップとメールで知らせが来ます。届くまでは、チャートの前にいる理由がありません。
「チャートを見張る」から「価格に呼ばれたら見に行く」への変更です。見る回数を我慢で減らすのではなく、見に行く条件を先に決めてしまう。意志の出番をなくす、いつもの1行のルールと同じ形です。
切り替えてから、はっきり変わったことが2つあります。
1つは、損切りの幅が狭くなった感じがあることです。理由をきれいに説明できるわけではありませんが、決めた価格に呼ばれてから見に行くので、根拠のある場所以外では入らなくなり、そのぶん損切りを置く場所も近くなったのだと思っています。
もう1つは、いったん置いた損切りの設定を、動かしたくなることがなくなったことです。以前は画面を開くたびに「あと少し耐えれば戻る」と、ストップを後ろへずらしていました。ずっと見ているから、ずらす機会もずっとあったわけです。呼ばれるまで開かなければ、いじる手がそもそも画面の前にありません。
変わらなかったことも書いておきます。開きたくなる回数そのものは、はっきり減ったとは言えません。さきほどの通知の研究と同じで、癖のほうは数週間では抜けないのだと思います。減ったのは開く回数ではなく、開いたあとに何かをいじってしまう回数のほうでした。
今週の月曜は、朝の1本で勝ち逃げして、あとは終日ノーポジでした。以前の自分なら、その何もしない時間に耐えられずに、画面の前へ戻っていたはずです。
見ない時間に、何を置くか
それでも、空いた時間に何も置かないと、手はチャートに戻ります。「見るな」では空白が埋まらない、というのがこの数か月の結論です。
自分の場合、置いたのは配達でした。エントリー後はSL/TPを置いてPCを閉じ、配達に出る。外に出てしまえば、5分もすると考えるのは次の配達先のことに変わります。表札の見つからない家に置き配指定が入っていたりすると、それどころではありません。
配達でなくてもいいと思います。散歩でも、書くことでも、家の用事でも。同じ時間帯に体を使う別の行動を置けば、それが席を埋めてくれます。意志で空白に耐えるのではなく、空白を先に埋めておく。50代の自分の現実的な着地は、相場と接する時間を先に決めて、残りはただ生活に返す、という形になりました。チャートは24時間動いていますが、こちらの生活は24時間ではありません。
相場との距離は、減らすものではなく決めるもの
チャートから離れられないのは、意志が弱いからではありませんでした。画面の側に引き寄せる作りがあり、見るほど判断は短期に寄っていく。だから自分は、見る量を減らす努力をやめて、見る時間を決めることにしました。
解決した話として書くつもりはありません。いまでも、アラートが鳴っていないのに開きたくなる日はあります。同じところで転びながらの記録ですが、今日も残しておきます。毎日の記録はnoteのほうに全部そのまま置いているので、同じところでつまずいている人がいたら、フォローで見に来てもらえるとうれしいです。


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