自分の口座がいちばん減ったのは、負けたあとではなく勝ったあとでした。連勝は「実力がついた証拠」ではなく、リスク管理がテストされている期間です。この記事では、勝ちが崩れていく仕組みと、それを止めるために自分が決めた1行のルールを書きます。

3本きれいに勝った、その48分後のこと
2026年8月21日のことです。朝の9時台に、ポンドオージーで3本のポジションを入れました。09:08、09:09、09:15と続けて建てて、10:45と11:12に3本ともあらかじめ置いた指値まで運べました。合計で+6,595円です。
リスクが高いと思いながら入った通貨で、途中で怖くなって切らずに、決めたところまで我慢できた。自分でも「今日はよく待てた」と思えるトレードでした。
その48分後、12:00にドル円へ入っています。結果は、2本合わせて−17,425円。この日の合計は−11,618円で、午前の利益は全部消えました。
正直に言うと、浮かれていた自覚はありませんでした。ガッツポーズもしていないし、興奮もしていない。ただ静かに「今日は行ける」と思っていただけです。あとから記録を見返すと、そこが一番あぶない状態でした。
勝った直後にだけ、お金の重さが変わる
負けたあとに熱くなる話は、どこにでもあります。取り戻したくて次に入る。あれは自分でも分かりやすい。周りも「リベンジトレードはだめだ」と言ってくれます。
厄介なのは、勝ったあとです。これは誰も注意してくれません。単発の勝ちのあとに来る高揚感については、以前「浮かれ気分」がトレードを壊す話を書きました。今回はその続きで、勝ちが2回、3回と続いたときの話です。
行動経済学に「ハウスマネー効果」という言葉があります。1990年にセイラーとジョンソンが発表した研究で、直前に利益が出ていると、その利益を自分のお金として感じにくくなり、リスクを取る度合いが上がるというものです。カジノで勝った分のチップを、自分の財布から出した1万円と同じようには扱えない、あの感覚です。
自分の場合、この日のポンドオージーは0.12ロット、ゴールドは0.02ロットでした。それなのに、ドル円だけ0.25ロットで入っています。この日いちばん自信がなかったはずの通貨に、この日いちばん大きい建玉を置いた。
こわいのは、そこに理由をつけて入ったつもりだったことです。「今日はプラスだから、多少負けても元に戻るだけ」。頭の中で、そういう計算がたしかに走っていました。
体のほうが先に強気になっている
もう1つ、気持ちの問題ではない話があります。
2008年にケンブリッジ大学のコーツとハーバートが、ロンドンの現役トレーダー17名を実際に測った研究があります。朝のテストステロン値が高い日は、その日の利益も高い。そして6連勝したトレーダーでは、テストステロンが76%上昇していました。
勝つとホルモンが上がり、ホルモンが上がるとさらに大胆になる。この輪が回りはじめると、ある水準を超えたところで、必要以上にリスクを取る側へ転がっていく。研究者はそう見ています。
国内でも、量子科学技術研究開発機構が、当たる確率が低いものを高く見積もってしまう判断に、脳内のドーパミンが関わっていることを報告しています。「次も勝てる気がする」は、気のせいではなく、報酬系がそう反応しているということです。
意志が弱いから浮かれるのではありません。勝ったら強気になるようにできている。だから、意志で押さえようとすると必ず負けます。
取引の回数が、静かに増えていく
自分が今回はっきり自覚できたのは、2つだけでした。チャートを見る時間が増えたこと。取引の回数が増えたことです。
ロットが上がっていたことには、その日は気づいていませんでした。記録を数字で見返して、初めて分かりました。
取引回数がじりじり増えていく怖さは、「もう一回だけ」が止まらない話としても書きましたが、連勝中は「もう一回」が向こうから自然にやってきます。
回数が増えることの怖さには、はっきりした数字があります。2000年にバーバーとオディーンが、アメリカの66,465世帯の口座を分析した研究です。もっとも売買が多かった層の年率リターンは11.4%、もっとも少なかった層は18.5%でした。市場平均は17.9%です。
しかも、この差は銘柄の選び方の下手さから来ているのではありませんでした。ほぼ全部、余計に取引したコストです。読みが悪いのではなく、回数が多いだけで負けていく。
自分の8月21日も、取引は7回ありました。そのうち、うまくいったと言えるのは午前中の4本だけです。残りは、入らなくてよかったものが同じ1日の中に並んでいます。
連勝の記憶は、あとから美化される
もう1つ、やっかいなことがあります。
連勝している最中は、それが実力なのか、たまたま相場が自分のやり方に合っていただけなのかを、確かめる方法がありません。勝っているという結果だけが目の前にあって、原因は分からない。デモでは勝てるのに本番で崩れる理由を書いたときと、同じ構図がここにもあります。
そのうえ、投資家は自分の過去の成績を実際より良く記憶していて、それが自信過剰につながるという研究もあります。連勝の記憶は、放っておくと勝手にきれいになっていく。
だから、あとから「あのときは調子に乗っていた」と気づくのはいつも遅いのです。自分もそうでした。
負けたときのルールは持っているのに
損切りの幅を決めている人は多いと思います。1日の損失上限を決めている人もいます。自分もそうでした。大負けした翌週の過ごし方を記事にしたこともあります。
でも、勝ったときのルールは持っていませんでした。
負け対策のルールはたくさん持っているのに、勝ち対策のルールは1つもない。ここが、そのまま穴になっていました。
自分が決めたのは1行だけです。
その日の最後の利確から2時間は、新規のエントリーを入れない。チャートを閉じる。
これだけです。ロットの計算式でも、エントリー根拠の精度を上げる話でもありません。8月21日で言えば、11:12に利確したのだから、13:12までチャートを閉じる。それだけで、12:00のドル円は存在しませんでした。
規律を破らせたのは相場ではなく、直前の勝ちによる高ぶりでした。だったら、その高ぶりが抜けるまでの時間を、物理的に確保するほうが効きます。開いている限り手が動いてしまうことは、チャートから離れられない話に書いたとおりです。うまくなろうとするより、離れる時間を決めるほうが、意志の弱い自分には現実的でした。
3連勝したらロットを据え置くと宣言しておく、勝った日ほど取引回数の上限を守る、勝った日の「もう1回」は翌日に回す。やり方はいくつもありますが、大事なのは、自分が確実に守れる1行を選ぶことだと思っています。
連勝は、実力の証明ではない
いま自分は、連勝を「リスク管理のテスト期間」だと考えるようにしています。
うまくなったかどうかは、連勝中には分かりません。分かるのは、勝っている状態で、自分が決めたことを守れるかどうかだけです。テストを受けているのは相場観ではなく、手続きのほうです。
勝っている自分を疑うのは、気分のいい作業ではありません。せっかく調子がいいのに水を差すようで、正直やりたくない。それでも、口座がいちばん減ったのは負けたあとではなかった、という事実は変わりませんでした。
もし今、何連勝かしていて、いつもより長くチャートを見ているなら、たぶんそこが山場です。次の1本を探す前に、時計を見てください。
日々のトレードで実際に何をやらかしたのかは、noteのほうに数字ごと残しています。よければnoteをフォローしてもらえるとうれしいです。
参考
Thaler & Johnson (1990) Gambling with the House Money and Trying to Break Even, Management Science
https://pubsonline.informs.org/doi/abs/10.1287/mnsc.36.6.643
Barber & Odean (2000) Trading is Hazardous to Your Wealth, The Journal of Finance
http://faculty.haas.berkeley.edu/odean/papers/returns/individual_investor_performance_final.pdf
Coates & Herbert (2008) Endogenous steroids and financial risk taking on a London trading floor, PNAS
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.0704025105
Cueva et al. (2015) Cortisol and testosterone increase financial risk taking, Scientific Reports
https://www.nature.com/articles/srep11206
量子科学技術研究開発機構(QST)プレスリリース
https://www.qst.go.jp/site/qms/1698.html
Investor memory of past performance is positively biased and predicts overconfidence, PNAS
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8433511/


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