連作短編を書いて分かったこと──Kindle出版で売れなかった、正直な話

Kindle出版の作り方

自分は小説を1冊、Kindleで出しました。累計の売上は、0円です。

1冊も売れていません。今日はその理由を、精神論ではなく仕組みとして書きます。努力が足りなかったという話ではなく、自分が選んだ形式と、その形式が置かれた棚と、収益が計算される仕組みが、最初から噛み合っていなかったという話です。

まず、実数を出します

言い訳の前に数字を置きます。ここを飛ばすと、この先の話は全部ただの負け惜しみになってしまうので。

出したのは『顔のない探偵へ』という現代ミステリーの連作短編集です。9話の短編をゆるくつないだ構成で、主人公は54歳・バツイチの中年男。昼はフードデリバリー、夜はSNS上の匿名探偵として、顔も知らない誰かの「なくし物」を探す、という話です。主人公の昼の顔が自分と重なっているのは、まあ、そういうことです。

価格は380円に設定しました。出版したのは2026年4月9日です。本の長さは94ページ、ファイルサイズは1.2MB。それから今日まで4か月と少しが経ちましたが、累計販売部数は0冊。Kindle Unlimited経由で読まれたページ数も0ページ。累計のロイヤリティは0円です。売れた月は、1か月もありません。

表紙などにかけたぶんは、そのまま持ち出しです。これが2026年8月時点の、正味の全部です。

ゼロというのは、書いていて気持ちのいい数字ではありません。ただ、0という数字には曖昧なところがないので、ここから先の話はごまかしようがなくなります。この数字が1ミリも動かなかった理由を、3つに分けて書きます。

自分は、読者がいない棚に本を置いていました

ひとつめは、市場の規模を勘違いしていたことです。

「電子書籍の市場は伸びている」という話は、当時の自分もどこかで読んでいました。実際、数字だけ見れば嘘ではありません。出版科学研究所の発表によれば、2025年の電子出版市場は前年比2.7%増の5,815億円。紙と電子を合わせた出版市場全体が1.6%減の1兆5,462億円で4年連続のマイナスですから、電子だけが伸びているのは事実です。

ただ、その5,815億円の内訳を見て、自分は黙りました。電子コミックが5,273億円。電子雑誌が83億円。そして、自分が出した文字ものの電子書籍は、459億円です。電子出版市場のうち、コミックが9割を占めていて、文字ものは1割にも届いていません。

つまり自分は、「電子書籍の市場は5,815億円もある」という数字を頭に入れて、そのうちの1割にも満たない棚に、無名の人間が書いた小説を1冊、そっと置いたわけです。棚の広さを10倍に見誤ったまま出したことになります。

しかも、読む側も減っています。文化庁の調査では、1か月に本を1冊も読まない人が62.6%。読書量が「減っている」と答えた人は69.1%で、理由の上位は情報機器に時間を取られること、忙しくて読む時間がないことでした。一方で、本の供給は増え続けています。生成AIによる粗製乱造への対応として、Amazonが1日あたりの出版点数に上限を設けたというニュースが出るくらいには増えています。

読者は減り、本は増えて、そもそも棚が狭い。この3つが重なった場所に、自分は何の準備もなく1冊置きました。売れなかったのは、正直、当たり前でした。

念のために書いておきますが、これは「だからやめておけ」という話ではありません。自分は今でも小説を書いていますし、書くこと自体をやめる気はありません。ただ、規模を勘違いしたまま出したことは、認めておく必要があると思っています。

連作短編という形式が、収益の仕組みと噛み合っていませんでした

ふたつめが、この記事でいちばん書きたかったところです。

Kindle Unlimitedで読まれた場合、著者に入るお金は「何冊読まれたか」では決まりません。「何ページ読まれたか」で決まります。KDPの公式の説明では、著者向けの基金を、参加している作品全体の既読ページ数に占める割合で分け合う仕組みになっています。しかも支払いの対象になるのは、その読者がその本で初めて読んだページだけです。

つまり、分母は世界中の参加作品の総ページ数で、自分の取り分はその中の割合です。基金の規模自体は小さくありません。KDPセレクトに参加した著者の総収益は、2026年6月で108.8億円と公式に出ています。ただ、それを世界中の全参加作品の既読ページ数で割った結果が、自分の1ページなわけです。1ページあたりの実効単価は月ごとに変わりますが、0.4〜0.5円前後とされています。

ここで、自分が選んだ形式に戻ります。連作短編集です。1話が短く、全体としても薄い本です。

同じ完読率でも、200ページの本と100ページの本では、入ってくるページ数が倍違います。KDPの公式ヘルプに載っている例そのものが、100ページの本を100人が読んだ場合と200ページの本の場合を並べて、収益が倍違うという説明になっています。

自分の本は、94ページです。

公式ヘルプが「薄いほう」の例として挙げている100ページより、さらに短い。厳密には、支払いの計算に使われるページ数は端末の表示に左右されない独自の指標なので、商品ページに出ている94ページとイコールではありません。それでも、自分が置いた本の厚みが、公式の説明図でいうどちら側なのかは、はっきりしていました。薄い本は、読まれても取り分が小さい。これは書き手の力量とは関係のない、純粋に構造の話です。

さらに調べていて、少し気持ちが沈む経緯も見つけました。Kindle Unlimitedが始まった当初は、ダウンロード数をベースにした計算だったそうです。一定割合まで読まれたら1カウント、という形で、これは短い本に有利な仕組みでした。それが長編を書く作家の反発を受けて、半年ほどでページ按分に変わったという経緯があるそうです。

自分が連作短編を選んだのは、収益構造を考えたからではありません。Audibleで小説を聴き込んでいた時期で、物語が身近だったこと。長編を通しで書き切る自信がなくて、短い話をつないでいく形なら書けるかもしれないと思ったこと。理由はそれだけです。

書ける形式を選んだ。それ自体は、間違っていないと思っています。ただ、その形式が「読まれても取り分が小さい」側だということを、自分は出すまで一度も確認しませんでした。

ここは正確に書いておきます。自分の場合、既読ページが0なので、この按分の不利は、まだ自分の身に一度も起きていません。仮に読まれ始めたとして、そこから先が薄い本には不利だ、という話です。つまり自分は、不利な土俵に上がる前の段階で止まっていた。これはこれで、認めておくべきことだと思っています。

仕掛けは、読まれなければ存在しないのと同じでした

この作品には、本編に大きな仕掛けをひとつ仕込んであります。中身はここでは書きません。言ったらおしまいなので。

その仕掛けを成立させるために、けっこう苦労しました。9話をゆるくつなぐ構成にしたのですが、通して読み返すと伏線がバラバラで、布石が布石になっていない。地味に読んで、地味に直す。その繰り返しでした。書き上げたときは、正直、手応えがありました。これは効くはずだ、と思ったんです。

ただ、仕掛けというのは、最後まで読まれて初めて成立するものです。

読まれなければ、仕掛けは無いのと同じでした。自分が一番時間をかけたところは、読者にとってはまだ一度も存在していません。書き手としての達成感と、売れ行きの評価軸は、まったく別のところにありました。ここに気づいたときが、この1冊で一番きつかった瞬間です。胸の奥がすっと冷たくなるような感覚でした。

短編は「ネタか独自性か描写のどれかが突出して強い」と評価されやすい形式だと言われます。裏を返せば、突出したものが見つけてもらえなければ、それまでです。長編は読まれる距離が長いぶん総合力で判断されますが、短編は発見されなければ勝負の土俵にすら上がりません。埋もれたら、それで終わりでした。

そしてたぶん、いちばん効いたのは、出したあと何もしなかったことです

3つめは、構造の話ではなく、自分の話です。

正直に書きます。出したあと、自分はその本を放置しました。

売れないだろうとは最初から分かっていました。無名の人間が1冊出したところで読まれない可能性のほうが圧倒的に高い。それは織り込んでいたつもりです。でも、分かっていたことは、出しっぱなしにしていい理由にはなりません。

価格は380円にしました。KDPのロイヤリティには70%と35%の2種類があって、70%を選ぶには250円から1,250円という価格帯であることとKDPセレクトへの登録が条件になり、そこからファイルサイズに応じた配信コストが引かれます。35%は99円から20,000円まで価格の自由度が高いかわりに、率が半分以下になります。条件から外れた価格をつけると、自動的に35%のほうになります。

380円は70%の条件に入る価格帯です。ただ、1冊も売れていないので、どちらを選んでいたとしても結果は0円でした。率の話は、売れて初めて意味を持ちます。表紙は自作でした。カテゴリーの設定も、出したあとの宣伝も、ほとんど何もしていません。

当時の自分がなぜそうなったかというと、副業の情報をいろいろ読んで、感化されて動いたからです。特定の誰かが悪いという話にするつもりはありません。動いたのは自分ですし、動けたこと自体は良かったと思っています。ただ、確かめなかったことは事実です。自分の本がどの棚に並ぶのか、どういう計算でお金が入るのか、出したあと何をするのか。この3つを、自分は1つも確認せずにボタンを押しました。

「儲かりそうか」で選んで、3日か長くて2週間でフェードアウトする。この癖を、自分は何度も繰り返してきました。Kindle出版だけが例外だったわけではありません。

それでも、残ったものはあります

数字はマイナスでしたが、消えていないものがあります。

ひとつは、ゼロから1冊を世に出すまでの全工程が、手順として身体に残っていることです。原稿の仕上げ方、表紙、価格の決め方、出版のボタンを押すところまで。細かいところでは、Kindleの目次でつまずいた経験も残りました。本文に目次のページを作って章タイトルを並べただけでは、端末のメニューから各章に飛べる目次にはなりません。Wordの見出しスタイルを使わないと、章として認識されないんです。連作短編は話数が多いので、この作業を手でやると必ず抜けが出ます。自分は最終的に、.docxファイルの中身を直接処理して、全章に見出しスタイルを一括で当てました。こういう仕様は、一度やってみないと一生わからなかったと思います。

もうひとつは、書く体力です。9話を書き切って、伏線を並べ直して、地味に直し続けた時間は、その後ブログを毎日書くようになったこととたぶん地続きです。

そして今、この作品の世界観を使ったスピンオフの短編を、ブログのほうで連載しています。本編に出てくる探偵を陰で支える青年を主人公にした、横道のエピソードたちです。読者の反応もなしという状況ですが、売れなかった1冊から、まだ何かが続いてはいます。

50代で始めた副業が、収益ゼロで終わったとして、それでも残るものはある。これは慰めではなく、単純に、自分の手元に残っているものを数えた結果です。

自分を動かしたのは、たった1行のルールでした

放置していた状態から動き直せたきっかけは、根性でも反省でもありませんでした。

「毎日書いて、公開する」。決めたのはこれだけです。

自分は意志が弱いほうです。表計算ソフトで日記をつけていた時期はファイルごと無くしましたし、手続きの先送りを3日連続でやったこともあります。だから、気合で自分を動かすのはとっくに諦めていて、代わりに1行のルールで自分を縛るやり方に切り替えました。トレードでも「17時以降は取引ソフトを閉じる」という1行を入れた週から、夕方の事故が止まりました。中身を頑張るのではなく、置き場所と行動を1行で決めてしまう。それだけです。

書くほうも同じでした。誰が見ているかは分かりませんが、最低でも自分だけは見ている。その状態を毎日作ると、放置していたものを放置したままにしておけなくなります。頭の中の整理はAIに投げて、実行だけ自分でやる形にしたので、続けるためのハードルはかなり下がりました。ただ、判断も公開も、最後は自分の手でやっています。

売れなかった本のことを、こうして数字ごと書けているのも、たぶんその1行のおかげです。1年前の自分なら、この記事は書けませんでした。

これから1冊目を出す人へ

最後に、自分が出す前に確認しておけばよかったと思うことを書きます。3つです。押しつけるつもりはありません。

自分の本が、どの棚に並ぶのか。文字ものの電子書籍という棚がどれくらいの広さなのかを、出す前に一度だけ数字で見ておくと、出したあとの落ち込み方がだいぶ変わります。

自分が選んだ形式と、お金が入る仕組みが噛み合っているか。ページ数で按分される仕組みの中に薄い本を置くとどうなるか。これは調べれば10分で分かる話でした。

そして、出したあと何をするか。ここを決めていないと、自分のように放置します。ちなみに自分は、この3つめを一番なめていました。

「Kindle出版は稼げます」とも「稼げません」とも、自分は書きません。判断する材料になりそうなことだけ置いておきます。読者は減っていて、本は増えていて、棚は思っているより狭い。そのうえで書きたいものがあるなら、出すこと自体は止めません。自分も、次を書いています。

続きは、こちらで書いています

この話には続きがあります。放置していた1冊をこれからどう扱うか、次に何を変えるかは、まだ決着していません。現在進行形の試行錯誤のほうは、noteのほうで連載として書いています。

もし、出したのに売れなかった側の記録を読みたい人がいたら、noteをフォローしておいてください。今日はそれだけで大丈夫です。

(『顔のない探偵へ』はこちらです → https://www.amazon.co.jp/dp/B0F49QRSR8


参考

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