「若い人にはもう勝てない」と思った日に残る武器

50代の逆転戦略

若い人と接していると、頭の柔らかさが自分とは全然違うな、と思う瞬間があります。本業でもそうですし、副業の現場でもそうです。新しい道具を渡されて、こちらが説明書を開いている間に、もう触って使い方を覚えている。あの速さは、正直かなわないなと思います。

「今時の若い者は」と言いたくなった日

自分が若かった頃、年上の人に「今時の若い者は」と言われると、腹が立ちました。何も知らないくせに、まとめて片付けないでほしい。そう思っていましたし、自分は絶対にああいうことは言わないでおこうと決めていたはずでした。

それなのに、50代になった今、その言葉が喉元まで出かかることがあります。そして自分でも嫌になるのですが、言いたくなった時ほど、たいていこちらに分がありません。あれは相手の未熟さを指摘しているようでいて、実は自分がついていけていないことを、年齢の側から言い換えているだけなんですよね。

だから最近は、そう言いたくなった瞬間を、ひとつの合図として扱うようにしています。ああ、今、自分は負けたと感じたんだな、と。そして「やっぱり若い人のほうがすごいな」と、あえて思うことにしています。強がって認めないでいるより、そのほうが自分にとって安全だと気づいたからです。

速さで張り合うのは、もう無理がある

ここは、あきらめというより事実確認の話です。

知能には大きく二つの側面があると言われます。ひとつは流動性知能。処理の速さ、初めてのものへの適応、その場での思考の切り替えといった力で、これは18歳から25歳くらいでピークを迎え、その後は緩やかに下がっていくとされています。もうひとつが結晶性知能で、こちらは経験や学習の蓄積からできていて、加齢とともに伸び続けます。言語に関わる力は60代あたりでピークを迎え、その後の低下も80代前半までは非常に緩やかだ、という整理もあります。

つまり、新しいツールを渡された時の飲み込みの速さでは、20代に勝てなくて当たり前でした。あそこは相手の土俵です。何年か前の自分は、それを認めるのが嫌で、遅れている分を気合いで埋めようとしていた気がします。無理でした。無理なものを無理と認めるまでに、ずいぶん時間を使ってしまったな、と今は思います。

ピークは、55歳から60歳にあるという話

ただ、その先に、少し意外な話があります。

2025年に学術誌 Intelligence に出た研究で、認知能力だけでなく、パーソナリティ、感情面の知性、共感性など、人間の機能を9つの側面から横断して見たものがあります。そこで示されたのは、総合的な機能のピークは55歳から60歳あたりに来る、という結論でした。処理速度のピークは若い頃なのに、キャリアの成功や達成のピークはずっと後ろに来る。この「ズレ」が、この研究の面白いところだと思います。

さらに、キャリアの成功や人生の満足度と相関が強いとされる二つの特性、誠実性と情緒の安定性は、成人してから50代、60代にかけて上がり続けるとされています。ここは読んでいて、少し救われる思いがしました。上がっているものが、まだあるんだな、と。

もちろん、これを「だから50代が最強だ」と読むのは違います。速さで負けているという事実は消えません。ただ、負けている項目と、伸びている項目が、別々に存在しているというだけの話です。能力の種類が違う。それが分かるだけでも、立ち位置は少し変わります。

手元に残っているものを、三つ数えてみる

では、速さを差し引いたあとに何が残るのか。自分の手元を見て数えてみると、三つくらいでした。

ひとつめは、失敗した経験そのものです。自分はFXを3年ほど続けて、学習代や入金を合わせると500万円ほどを注ぎ込んできました。勝てている実感はいまだにありません。ただ、その中で「これはもう戻らない」と分かった時に手を離せるようになったのは、成功からではなく、離せずに傷を広げた回数から来ています。過去の会社をたたむのが遅れたのも、同じ癖でした。若い頃の自分には、この判断はできなかったと思います。この話は先日別に書いたので、そちらに譲ります。

ふたつめは、感情が大きく動かなくなったことです。うまくいっても浮かれず、へこんでも次の日には同じ時間に起きて同じことをする。これは若さで言えば鈍くなったということかもしれませんが、続けることが前提の活動では、この鈍さがかなり効きます。副業の配達でも、稼げた日と稼げない日の差に振り回されなくなってから、ようやく数字が安定してきました。

みっつめは、続けられること、それ自体です。派手ではありませんし、誰かに褒められる種類の能力でもありません。ただ、副業のフードデリバリーを4年11か月、累計2万23件のところまで続けてこられたのは、瞬発力ではなく、崩れないほうの力でした。一日でまとめて稼いだ数字ではありません。1件ずつを、五年近く積んだ結果がこれだけ、という数字です。若さで一気に稼ぐ人を見て、うらやましくないと言えば嘘になります。それでも、自分が今日も動けている理由は、そちらではないほうにあります。

ただし、経験はそのまま通用しない

ここで片面だけ書くと、都合のいい話になってしまいます。

労働政策研究・研修機構のコラムに、蓄積した経験が次の場所でそのまま通用するとは限らない、という冷静な指摘があります。これは自分の実感とも合います。経験は資産にもなりますが、扱いを間違えると、そのまま錘(おもり)になります。

自分の一番はっきりした失敗は、健康に関わる仕事を本業にしていながら、自分だけはどこか大丈夫だと思っていたことでした。人には生活習慣の話をしておいて、自分は20代の頃と同じように食べ続けていたんです。結果として血糖値が上がり、糖尿病と診断されて、糖質制限をすることになりました。知識はありました。足りなかったのは知識ではなく、「自分にも同じ物差しを当てる」という一点でした。

体調についても同じです。若い頃は、無理をしてもそのままの状態でいられました。翌日には戻っていた。50代になると、戻りません。戻らないという前提で組み立て直さないといけないのに、しばらくは以前のやり方のまま押し切ろうとしていました。これも、経験が邪魔をした側の話だと思っています。

だから、「昔はこうだった」は、そのままでは武器になりません。今の状況に合わせて翻訳しないと使えない。この作業を飛ばして経験だけを持ち出すと、冒頭の「今時の若い者は」に戻ってしまいます。

続かなかったものも、正直に書いておきます

50代で新しく始めて、続かなかったものもあります。

英語です。動画で勉強を始めようと思って、それなりに計画も立てました。ところが当時は経営がうまくいっておらず、頭の中がお金のことでいっぱいで、どうしても続きませんでした。意志が弱かったという話にもできますが、今振り返ると、それ以前に順番の問題だった気がします。目の前の火が消えていない状態で、遠くのための学びを積むのは、自分には無理でした。

これを書いているのは、続いたものだけ並べても意味がないからです。50代からでも何でもできます、という話をするつもりはありません。できなかったこともあります。ただ、続かなかった理由が「年齢だから」ではなかった、というのは、自分にとって小さくない発見でした。

土俵を降りるのは、撤退ではない

ここまで書いてきて、自分なりの整理はひとつです。若さと同じ土俵で張り合うのをやめるのは、負けを認めることではなく、配置を変えることだ、ということです。

数字を少しだけ添えておきます。日本政策金融公庫の調査では、2024年の開業時の平均年齢は43.6歳で、調査が始まった1991年の38.9歳から5歳近く上がっています。新規開業の融資先のうち、50代が16.5パーセント、60歳以上が6.3パーセントで、合わせると50代以上が2割を超えています。動いている人は、思ったよりいます。

ただし、同じ調査には別の顔もあります。週35時間未満のパートタイム起業では、7割以上が黒字になっている一方で、9割以上は月商50万円未満です。小さく始めれば黒字にはなる。けれど大きくはならない。この二つを並べて見ておかないと、期待の置き場所を間違えます。自分も、ここは何度も読み返しました。

時間の見方も変わってきています。70歳までの就業確保措置を実施している企業は3社に1社を超えていて、65歳以上を定年とする企業も同じくらいの割合になりました。そう考えると、50代は終盤ではなく、まだ折り返しに近いところにいます。20年あるなら、速さで勝てない分を、続けることで埋める余地はまだあると思っています。

若い人にはかなわない。それは認めます。そのうえで、今日も同じ時間に起きて、同じことを一つずつ積んでいこうと思います。勝てる土俵は、たぶんそちら側にあります。


参考

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