FXを始めて、もう3年ほどになります。学習代や入金を合わせると、これまでにトータルで500万円くらいは注ぎ込んできた感覚があります。正直に言うと、勝てている実感はまだありません。それでも「今さらやめられない」という気持ちは、年々強くなっている気がします。
損切りができない、という話は前にも書きました。今日はその一歩手前の話です。「なぜ、勝ててもいないのに、辞められないのか」。この問いに、一度正面から向き合ってみたいと思います。
「もう少し待てば戻る」を、何度唱えたか分からない

含み損を抱えたまま、損切りを見送ってしまったことは、数え切れないほどあります。そのとき頭の中で何を唱えていたかというと、「もう少し待てば戻るはずだ」。この一言を、いったい何度繰り返したか、自分でももう分かりません。
たちが悪いのは、そこで難平(ナンピン)に手を出してしまうことでした。自分に都合のいい理由をいくつも並べて、「絶対にここから戻るはずだ」「自分の思った方向に動くはずだ」と、無理やり思い込もうとする。そうやって傷を広げた経験が、本当に何度もありました。
その手痛い繰り返しがきっかけで、自分はFXの「メンタル」について真剣に学ぼうと決めたんです。手法の前に、まず自分の頭の中で何が起きているのかを知らないと、同じところで転び続ける。そう気づいたからでした。
それは「サンクコスト」という心の癖
学んでいくうちに、自分がはまっていた穴に名前があることを知りました。サンクコスト、日本語では埋没費用と言います。すでに払ってしまって、もう取り戻せないコストのことです。飛行機のコンコルドの逸話から、コンコルド効果と呼ばれることもあります。
やっかいなのは、この「もう戻らない過去のコスト」を、これからの判断の根拠にしてしまうことです。相場がこの先どちらに動くかは、自分がそれまでにいくら含み損を抱えたかとは、本当は何の関係もありません。それでも脳は、過去に払ったものを理由に「ここでやめたらもったいない、もう少し待つべきだ」という結論を出し続けてしまう。
こうした人間の判断の癖は、カーネマンとトベルスキーという心理学者が研究したもので、カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受けています。つまり、自分だけが特別に弱いわけではなく、多くの人が同じ穴に落ちる、という話でもあります。そして厄介なのは、この癖が行動に出ると、失敗しかけている方向にさらに資源を注ぎ込んでしまうことです。ナンピンも、損切りの先延ばしも、退場できずに入金を続けることも、根っこは同じでした。
一つのポジションだけの話ではなかった
ここまで書いていて、自分でハッとしたことがあります。サンクコストにとらわれているのは、一つ一つのポジションだけではありませんでした。
3年、500万円。この数字そのものが、大きなサンクコストになっていたんです。「ここまで時間もお金もかけたのだから、今やめたら全部が無駄になる」。その感覚が、FXという行為そのものから自分を降りられなくしていた。含み損のポジションを切れないのと、まったく同じ心の癖が、もっと大きなスケールでも働いていたわけです。
会社をたたむのが、遅れた
そして、この「もったいなくて引けない」という癖は、FXが初めてではありませんでした。過去の会社経営が、まさにそれでした。
事業そのものは、決してうまくいっていなかったわけではないんです。ただ、家賃をはじめとする固定費が、とにかく高すぎました。コロナ禍では家賃補助などの制度もありましたが、家賃を払うため、そして借金の返済をするために借金を重ね、その返済のためにまた副業を始める。気づけば、そういう悪循環の中にいました。
「いつでもやめられる」。自分にそう言い聞かせながら、フードデリバリーの副業までして食いつないでいました。でも今振り返れば、あの法人は、もっと早くにたたんでおくべきだったと強く思います。「ここまでやったのだから」という気持ちが、撤退の判断をずるずると後ろに引き延ばしてしまった。相場で損切りをずらすのと、同じことをしていたんですね。
たった一つ、自分に向ける問い
学んだ中で、一つだけ、今も自分が使っている問いがあります。難しいものではありません。
「もし今、これが自分の手元になかったとして、それでも同じ選択をするだろうか」。
含み損のポジションなら、「今このポジションを持っていない状態から、同じ方向で新しくエントリーするか」。答えがノーなら、それはもう相場を読んで持っているのではなく、過去のコストが惜しくて持っているだけかもしれない。この問いは、FXを続けるかどうかにも、あのときの会社にも、同じように当てられます。
それでも、答えは出していません
こう書いてきて、では自分がFXをやめたのかというと、やめていません。だからこそ、同じように迷っている方に向かって、「辞めなさい」とも「続けなさい」とも言うつもりはありません。それは、一人ひとりが自分で決めることだと思っています。
ただ、一つだけ自分に言い聞かせているのは、「もったいない」を理由に何かを続けているとき、それは前を向いた判断ではなく、過去への支払いを一回増やしているだけかもしれない、ということです。ここまでが、今の自分にたどり着いている整理です。まだ途中の話でもあります。
実際に相場の前で指が止まった夜の、生々しい記録のほうは、noteに残しています。決着した考えはこのブログに、まだ揺れている最中の話はnoteに。そんなふうに分けて書いています。今日も、答えを急がずに、一つずつ確かめていこうと思います。


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